人生にハリがない

2018年私的ベスト映画10選

どうも。今年も終わりですね。皆さんにとって今年はどんな一年でしたか?僕はちょっと色々あったというか一念発起したというか、とうとう仕事を辞めまして、一人暮らしも始めました。今は貧民をしております。映画は前みたいに毎週観に行けるような感じではなくなってしまい、ちょっと悲しいです。あんまり気にしてませんが。


実は今年から手帳をつけ始めました。と言っても書き込むほど予定がある人間じゃないので、ジムに行った日と観に行った映画の記録を書き込むくらい。一年でどれくらい映画を観るんだろうかという確認と、記憶を風化させないためです。いつどこで何を観たか記録しておけば読み返して思い出せますから。でも今回これを書くにあたって手帳を読み返したら、笑っちゃうくらいジムと映画以外の書き込みがなくて、なんか面白いというかむなしいというか、不思議な気持ちになりました。あと会社の飲み会に出た日は、「虚無。」とか「セクハラを見せつけられてクソ。」とかしょうもないことばっかり書いててバカみたいでした。まあどうでもいいや。とりあえず10本紹介します。なお、国内初公開が今年の作品のみを対象としてます。


10.『レディ・プレイヤー1』

僕みたいなキモオタなら、まあ挙げますよね。とにかくオタクの好きな作品を詰め込みまくったおもちゃ箱のような映画で、観ていて飽きない。延々と画面を眺めていられます。「ブルース・ウェインの乗ったメカゴジラとZZのポーズを決めるガンダムが戦う」とか、バカなオタクのチラシの裏みたいなシチュエーションが満載のラストバトルは本当にヤバい。個人的に、『HALO』のスパルタン部隊、『トゥームレイダー』のララ・クロフト、『バットマンアーカム・ナイト』のアーカムナイトが登場してきて大興奮し、スポーンで止めを刺されました。正直ストーリーはあんまりって感じなんですが、逆にオタク的感動の瞬間最大風速は、これまで観てきた映画の中でもトップクラスですね。

9.『監獄の首領』

刑務所内で絶大な権力を振るうとある受刑者を探るため、潜入捜査官が孤立無援の状況で奮闘する、というよくある筋書きなんですけど、畳みかけるような展開や、韓国映画らしいどんな時でもユーモアを忘れないコミカルさが楽しい。あと、僕の大大大大大好きな「圧倒的な力を持つ強者に、身一つで食らいつく主人公」という展開をやってくれたのが最高でした。ラストの対峙は、画的な強さも相まってめちゃくちゃ興奮しますよ。

8.『ALONE/アローン

正直言うと、これはあんまり胸を張っておすすめとは言えないんですよね。アーミー・ハマー主演の戦争映画なんですが、あんまり戦闘描写ないし、内容もかなり内省的なので。地雷を踏んでしまった男が砂漠の真ん中でタイトルの通り孤立するという話なんですが、オチまで観るとなんだよそれって言われるような感じになってます。ただ、仕事を辞めた直後の僕にクリーンヒットしてしまいまして、そのオチも含めて、背中を押してもらった作品だなと。それにしても、地雷の絡む戦争映画は良いものが多い気がします。『ヒトラーの忘れもの』とかも良い映画でしたよね。

7.『グレイテスト・ショーマン

ちょっとストーリーが雑で、映画鑑賞中は基本的になんでも楽しく感じてしまう僕ですら、それでいいの?って思ってしまう部分がある映画なんですが、そうした粗を凄まじい名曲と圧倒的パフォーマンスで叩き潰してしまうという、げに恐ろしき作品となっております。とにかく名曲だらけで、ミュージカルパートは全て楽しい。鑑賞後帰宅してからすぐさまサントラを購入してしまいました。ちょっと本当に曲がよすぎて、この前再観賞した時も、二度目だし冷静に見てやるぞと思ったら普通に号泣してました。やっぱりミュージカル映画の感情揺さぶり力は半端ないですね。ちなみに僕が本作で一番好きな曲は「Come Alive」です。静かな前奏からの盛り上がりが良いですね~。


 

6.『悪女/AKUJO』

ドローンの空撮による凄まじいバイクチェイスでも話題になった本作。冒頭では『ハードコア』よろしく主観視点で、ゴア描写満載の血みどろアクションもぶちかましてくれて、非常に楽しい作品です。おどろおどろしい裏社会の暴力に、他人に利用され人生をぐちゃぐちゃにされた女性の反逆を乗っけた展開は、個人的にとても痛快でした。また、女暗殺者養成機関の描写も面白くて、浮世離れしてるんだけどなんかヤバい女子高みたいな身近さが感じられました。主演のキム・オクビンは正統派の美人さんで、とっても素敵です。

5.『操作された都市

なんか全然有名じゃないですよね。めちゃくちゃ面白かったんですが。身に覚えのない罪を着せられた男がその秘密を暴くうちに巨大な陰謀と対峙するというお手本通りな筋書きなんですが、役に立つんだか立たないんだかわからないオンゲー仲間やゲーマーのくせにテコンドーの有名選手だったとかいうラノベみたいな主人公などがガンガン動き回って、テンポよくサスペンスアクションをかましてくれます。ラストのスカッとする逆転シーンは気持ちがいいですよ。あとなんか続編を匂わせる終わり方だったのはすごい気になりますね。何らかの企画があるんでしょうか。映画『焼肉ドラゴン』のお父さん役キム・サンホが、悪人面を活かした囚人役で出てくるのも注目です。

4.『ラッキー』

この映画は本当にすごくて、なんにもドラマチックなことが起こらないし、衝撃の展開もないし、大仰な演技も、壮大で感動的なBGMも、美男美女も一切出てこないんですけど、泣けるんですよね。死生観についての示唆に富んだ会話は、不思議と死ぬことに対する親しみを覚えさせるというか。死に向かい合う映画なのに、めちゃくちゃ死ぬのが怖い僕でも、とても心穏やかに観ることができました。主演のハリー・ディーン・スタントンは、実際に本作の公開前に91歳で大往生を遂げたということで、それを踏まえて観るとさらに味わい深い作品だと思います。

3.『犯罪都市

敵である中国マフィアのボスがキレまくってるヤバい奴でめちゃくちゃ怖いんですが、そんな奴が相手でも一切不安を感じさせない主人公の圧倒的な強さ。さらにすっとぼけた受け答えや、悪人のようなずる賢さ、それでいて人情に篤いところなど魅力の交通渋滞が起こっている名キャラクターを、マ・ドンソクとかいう韓国が生んだ奇跡の存在が演じ切っています。ラストの対決の「待ってました!」感がとても素晴らしい。「真実の部屋」や「弁護士のスタンさん」など、警察の暗部をうまくユーモアに落とし込んでいる点も、気持ちよく観れる娯楽映画として非常にポイントが高いですね。

2.『ミッドナイト・ランナー

「未熟者が頑張る話」で、しかもバカな若造2人組が主人公という、僕の大好物をかましてくれた作品。だいたいこの手のバディものは脳筋な体育会系と冷静沈着なインテリと相場が決まってますが、本作の新鮮で面白いなと思うところは、コンビ2人がどちらも揃ってバカなところですね。登場する犯罪や被害者は割とシャレにならないというか結構重いんですが、バカで未熟で自分のやっていることに迷っていて、でも目の前で傷つけられている人を見ると思わず走り出してしまうという主人公たちの七転八倒で、絶妙に笑いあり涙ありに仕上がってます。こういうどストレートな映画、もっとどんどん出てきてほしいです。

1.『ファイティン!』

今ちょっとトレイラー観たら、内容思い出してそれだけで泣けてきました。家族の絆に乏しい家庭で生まれ育ったので、この手の家族愛を描いた映画には失笑するかめちゃくちゃ感動するかの2択なんですが、これは後者でしたね。家族の絆を血の繋がりに託していないところがポイント高かったです。さらにスポコン要素もあり、挫折から立ち上がる逆転劇でもあるので、個人的なツボが抑えられまくった映画でした。もうめっちゃ演出がクサいというかありきたりな感じなんですが、奇を衒わない王道をズバッとやってくれたのが本当に好き。生まれた時から孤独だったアームレスリング選手が、本当のピンチに陥ったとき、これまでなにげなく重ねてきた、アームレスリングと同じ手と手を組み合うという触れ合いから力を得るという演出は、ちょっと凶悪ですよ。もうこれ書いてるだけで目が潤んできましたわ。やっぱりマ・ドンソクは最高。



というわけで、ベスト10のうち6本が韓国映画でした。本当に今年公開された韓国映画はすごかったです。『タクシー運転手 約束は海を越えて』とかも話題になりましたよね。普通なら観ることができない海外の映画がこんなに国内で公開されるなんて、いい時代になったものです。


そんなこんなで、今年もあとわずかとなりましたね。本当に色々あって、正直生活は苦しいのですが、まあ来年には何とかなるでしょ。というか何とかするでしょ、来年の僕が。何とかしないと終わるしね。TGS行ったり、年金の特別催告状もらったり、行動を起こすと結構いろんなことが体験できるんだなと分かりましたし、視野の広がった一年でした。とりあえず来年は、生計を立てられるように頑張ります。皆さんも頑張ってくださいね。それでは。

ラ・ラ・ランド リベンジ

突然ですが、みなさんは『ラ・ラ・ランド』という映画をご存じですか?いやまあ今さら「ご存じですか?」とか聞くなんて野暮だろう、というくらい有名な作品ですが。とりあえずご紹介させていただくと、2016年に公開されたミュージカル映画で、監督は『セッション』のデイミアン・チャゼル、主演はライアン・ゴズリングエマ・ストーンです。アカデミー賞に13部門ノミネート、6部門受賞をはじめとして、ゴールデングローブ賞ヴェネツィア国際映画祭など多数の映画祭でも高い評価を受けた大傑作であります。アカデミー作品賞での『ムーンライト』との発表間違いでも話題を呼びましたね。日本でも大変好評でTwitter等でも話題になったこの作品、僕にとっては恋愛もののミュージカルという完全に守備範囲外でありましたが、やはりこんな話題作放ってはおけぬと勇んで観に行きました。ですが、残念ながら僕にはいまいち刺さらぬ結果となってしまったのです。わりとショックでした。


観賞直後の感想ツイート


それからというもの、ずっともやもやとした気持ちを抱えてきたわけです。だってつまらなくなかったですよ。画作り、演出、出演者の演技、もちろん楽曲も素晴らしい。普通に楽しんで観られた部分はたくさんあります。どうもボタンの掛け違いというか歩調が合わなかったというか、そういう微妙なリズムの違いのようなもので、心から楽しむことができなかったのかなという感じがするのです。そこで、今回は『ラ・ラ・ランド』のなにが引っかからなかったのか、振り返ってみようかなと思います。

1.出端をくじかれた

なぜ『ラ・ラ・ランド』にいまいち乗れなかったか?という趣旨なのにいきなり作品とは関係のないことを書くのバカっぽいのですが、しかし本当のことだからしょうがない。白状しますと、そもそも鑑賞前から精神状態をかき乱される出来事がありました。意志薄弱で未成熟な心を持った僕は、ちょっとショックなことがあるとそれだけで映画を楽しめなくなってしまうのです。勝手にそっちで傷付いていまいち乗れなかったとか言われる『ラ・ラ・ランド』にとっては、たまったもんじゃないと思いますが…。


僕が観た回は確か、土曜日の夕方頃だったと思います。公開されてからまだ10日程しか経っていなかったし、かなりの話題作でしたので、座席も結構埋まっていました。やっぱりというか、案の定カップルや若い女性同士がかなり多くて、男一人というのは殆どいなかったように思います。僕は映画を観るときはいつも真ん中少し後方の席を買うようにしていて、このときもちょうど真ん中の席が取れたので、上映開始10分ほど前には無事に着席。右隣はカップルが、左隣には若い女性の二人組が座っていました。着席すると、なんだか左の女性がチラチラとこちらを見てくるような気配を感じて少し居心地が悪かったのですが、なんとその女性、左隣に座っていたお友達らしき方がトイレか何かで席を立った瞬間に、座席をそのお友達が座っていた隣席に移したのです。つまり、わざわざ僕から一席離して座りなおしたのです。これはね、さすがに堪えましたよ。外出する際には必ず風呂に入って清潔にしていたつもりだし、綺麗に洗濯した服を着ていたし、独り言とか貧乏ゆすりとかしてなかったはずだし、不快感を与える要素はできる限り排していたつもりだったのですが…。というか友達が気の毒でしょ。戻ってきてからアレ?って感じだったし。あんたせめて友達に一言断り入れるとかできなかったんかい。気持ち悪い奴の隣に座りたくないって、僕に聞こえてもいいからさ。義理は通せよ。


もうそれが本当にショックで、僕はまだ存在で他人を不快にさせてるんだなと、ズーンと沈んだ気持ちになってしまった。もう映画観るメンタリティじゃなくなってましたよ。だから映画冒頭でいきなりかまされる「Another Day of Sun」、あれすごいワクワクするシークエンスだと思うんですけど、もうその時点で無の表情してました。全然『ラ・ラ・ランド』のせいじゃないけど。

2.変な勘違いをしていた

これも作品自体の責任じゃない気がする。いや、でも勘違いしたのは作品の描写のせいなんだから、やっぱり『ラ・ラ・ランド』が悪いよ。うん。多分。僕の理解力も低いけど…。


あのですね、この作品を僕はずっと、ファンタジーだと思って観てたんですよ。本当に終盤まで。お恥ずかしい話なんですが、これは救いようがないほど馬鹿な話なので、ここで白状させていただきたい。僕はこの作品を、違う時代に生きている男女の恋愛だと思って観てたんです。現代に生きるミアと80年代あたりを生きるセブが、ひょんなことから時代を超えて知り合っちゃった、みたいな。そういうファンタジーだと勘違いしていたんです。なんでそんな間抜けな勘違いしてしまったのかというと、めちゃくちゃ恥ずかしい話なんですが、セブの懐古趣味的な部分を深読みしすぎてしまったからなんですね。セブの野郎、古臭いオープンカー乗ってたじゃないですか。なんか服装もレトロだし、あとスマホを使ってる描写が終盤までなかったですよね確か。このスマホを使わなかったってのが決定的で、もう完全に勘違いしてしまった。ただでさえミュージカル映画というものの文法が分からなかったので、どこからが映画的なファンタジーで、どこからが現実的な描写なのかさっぱりだったんですよね。変に深読みしすぎてしまった。だから、もうこのファンタジー展開どうやって決着させるんだ!?みたいなドキドキがありましたよ。おそらくあの劇場内で僕だけでしょうね、あんなことを考えてた馬鹿は。そして終盤、ミアが配役ディレクターの目に留まり、オーディションの誘いの電話をセブが"自分の携帯"で受け取ったとき、僕は完全にえ?となったわけです。モンスターパニックものの漫画とかで、次のコマで無残に引き裂かれる、モブの驚き顔みたいな表情してたと思います。

3.そもそもテーマにしているものに何一つ縁がない

この文章書いてて気づいたんですけどね、これ『ラ・ラ・ランド』なにも悪くねえわ!うん、なにも悪くないですよ。僕が合わなかっただけだなこれは。でもここまで来たから書きますよ。


僕が読み取った『ラ・ラ・ランド』がテーマにしてるもの、正確に読み取れてるかは置いてといて、少なくとも僕は「恋を取るか夢を取るか」だと思ってるんですよね。まあそうでなくても、恋することや、夢を持ってそれを追いかけることが事細かく描かれてるわけじゃないですか。僕はね、恋人がいたことがなければ、夢を追いかけたこともないんですよ。打ち込んだこととかなにもない。このブログで散々書いてると思いますけど、もう本当にオナニーくらいしかないわけです。なにも分からない。全然響かない。もう対岸の火事って感じです。なにをそんなに泣いたり笑ったりしてるんだ君たちは、とか思ったりもした。感情のないAIが人の心に触れたときみたいな反応してしまったよ。とにかく他人事というか、なにも刺さらなかった。まあ当たり前だよね。別れた元恋人と再会するなんて、多分僕は死ぬまで経験しないでしょうしね。


ここまで書いて思ったのは、『ラ・ラ・ランド』に関しては、事故のようなものだったんだなということです。映画の趣旨とことごとくすれ違い、謎の思い込みで終盤まで勘違い、おまけに観賞前に勝手に傷ついて落ち込む。玉突き事故のように不幸が重なった結果ですね。そもそも、今回改めて映画を観直して、やっぱり面白いところたくさんありましたよ。特に僕が好きなのは、序盤に出てくる「Someone in the Crowd」のシークエンス。ミアがルームメイトたちとパーティにくり出すところですね。夜の路上で4色のパーティドレスを着た女性が踊る様は、観ていて気持ちがいいですよ。コネを作って成り上がってやるという野心や夢を追う女性の強かさが、ゴキゲンな曲に合ってますよね。LAの煌びやかな夜が美しく愉快に表現されていました。



"Someone In The Crowd" La La Land (2016 Official Movie Clip)


本当に悲しいボタンの掛け違いでこんなことになってしまいましたけど、良い映画だったんだと思います。人には向き不向きというものがありますから、これはしょうがないことですよ。あれからミュージカル映画もいくつか観て、なんとなく触れ合い方、楽しみ方も分かってきたつもりです。それでもやっぱり、恋愛と夢を追う部分は(つまりこの作品の重要な部分は)あんまり分からなかった。美しい感情だなとは思うのですが。残念だけどこれからも分かることはないんじゃないかな。人間、自分に縁のないものを理解するのは難しいですからね。いや、ドンパチとか暴力に縁があるわけではないですけど…。でもとりあえず、『ラ・ラ・ランド』に対して抱いていたモヤモヤは、この文章を書いて整理することができたかな、と思います。特に勘違いして観てたっていう失敗体験を抱えたままでいるのは我慢ならなかったので、再観賞できてよかった。いやほんと、Netflix様様ですね。入っててよかったNetflix


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もうすぐ春ですね

まずは僕の近況をお話しさせてください。Fラン私文を卒業して建設系の会社に入社してから、来月で満3年になります。この3年の間に、童貞を卒業したり、ダイエットしたり、ベン・アフレックバットマンになったりと、しみったれた僕にしてはなかなか色んなことが起こりました。特に一昨年から始めた筋トレは、天下御免の三日坊主でオナニー以外は碌に続かない僕が未だに週4ペースで続けられており、ここにいたって習慣化することができたようです。本当に嬉しい限り。

 

仕事の方も、最初の1年は土くれにまみれ額に汗して土方仕事に従事していましたが、2年目からは内勤になり、なんかよく分からん数字を打ったりチェックする仕事になりました。慣れないことだらけでしたが、いわゆる「とりあえず3年」を目標にしてヒイヒイ言いながら働きました。なんとか仕事も回せるようになり、しかし仕事に愛着はまったく湧かないし、残業の量は青天井だし、あちこちで罵声が飛び交ってるしで、これはそろそろ本格的に転職とかいうヤツいってみっか?と思っていたところ、なんとこのタイミングで異動を言い渡されました。前任者が辞めるということで、僕が引き継ぐことになったのです。しかも業務の範囲がおかしい。明らかに前任者のときよりも増えている。野球で例えると、外野全部と二遊間を一人で守らされる感じです。ふざけんなお前僕は体育のソフトボールで両チームがハズレくじ扱いで押し付け合って問答無用でライパチやらされてしかもフライも取れないからセンターの奴に介護されるような人間なんだぞいい加減にしろ!!!!!

 

 内勤の人間の中では最年少の独身男ということで、こいつにはいくら負担掛けてもいいだろと思われているんでしょうね。まあ別にもうどうでもいです。決まったことだし。今までも最後まで残業して会社の戸締りしたことなんて数えきれないほどあるし。これまでと同じ、なにも変わらない。どうでもいい。今引き継ぎ業務の最中ですけど、すぐに他の奴に引継ぎしてやる。マジでもう僕が辞めたら適任者いないっぽいけど。知るか。クソが。

 

また、これとは別にちょっと驚いたことがありまして。知り合いから、仕事でE3に取材に行くことになったと聞かされたんですね。まさか知り合いからE3に行く人間が出るとは思わなかったです。E3ですよ。世界最大のゲームの展示会ですよ。業界関係者と流通業者とマスコミ以外は行けないんですよ。僕なんか、もし行くことになったらその瞬間人生のエンディングですよ。スタッフロールが流れ出しますよ。学生時代はよくYouTubeの中継を真夜中まで観たりしたもんです。モニターの向こう側の世界だと思ってたけど、現実に行ける人がいるんですよね。すごいです。

 

それから翻って、一体自分は何をしてるんだろうと思いましたよ。埼玉の片隅で鬱々とやりたくもない事務作業なんかして、スパッと辞めればいいのに、とりあえず3年とか言い訳してビビって、退職すらできないんですね。どうせ高給取りになれるような学歴も能力もバイタリティもないくせに。しがみつくような境遇でもないのに。と、そんなことばかり考えてしまいました。

 

いかん、このままでは心が持たんと、健全な精神衛生を保つために最近購入して積みっぱなしだったアメコミ、『ソー Vol.2 ‐邂逅‐』を読み始めました。ヴィレッジブックス刊行の通販専売タイトルで、『ソー Vol.1 ‐帰還‐』と『ソー Vol.3 ‐別離‐』を合わせた3部作なんですが、なかなか読む時間がなくて1巻しか読めてなかったんですよね。仕事に苦しみ、思い通りに行かない生活に苛立った時は現実逃避に限ります。映画とかゲームとかね。もう最高。これが文明社会なんですよ。

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 この時期のソーはラグナロクでの死から復活し、オクラホマの荒野に自分と同じように滅んだアスガルド北欧神話の神々を復活させてよろしくやっている時期です。マーベルユニバース全体としては、『シビルウォー』が起こりキャプテンアメリカが死亡し、さらに地球が異星人からの侵略を受けてひっちゃかめっちゃかになってる頃ですね。まあ、そこら辺あんまり詳しく書くとキリがないので割愛します。あと、ソーの邦訳ってあんまりなくて、こういう風に一つのシリーズを完訳しているものはこの作品くらいではないかな、と思います。まあマーベルは全体的にあんまり邦訳に恵まれていない感じがしますが…。

 

創作物を楽しむってのは、本当に精神的な緊急離脱の意味を持っていると思うんですよね。だから辛いときはゲームをしたり本を読んだりしてきました。今でも、これからもそうです。しかし、時にはとんでもない大事故に遭遇するときもあるんです。

 

この3部作ではサブストーリーとして、オクラホマに出現したアスガルドのすぐ近くにある田舎町のダイナー店主ウィリアムと、アスガルド神族の一人である女神ケルダの恋愛が描かれているのですが、その作中、女神に恋したウィリアムにダイナーの客の一人が身の程をわきまえるよう忠告してきます。それに対してウィリアムの父が放った言葉が、現実から這う這うの体で逃げてきた僕の心をズタズタにしたのです。

 

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あのさぁ…。いやほんと、冗談じゃないよほんとに……。ふざけんなよお前…。これは大変なことですよ。せっかく心を守るために逃げてきたのに。退路に、とんでもない核地雷が仕掛けてありましたよ。分かってんだよ全部。なにもかも。自覚してんだよ。25歳なんてまだまだ世間的には若いけど、もう無鉄砲に若さを振り回せる時間は着実になくなってきてるって。そんなこと言われなくても分かってんだよ。分かってるけど怖いのよ。なんでアメコミ読んでこんなに辛い気持ちになってんだ僕は。これ読んだとき思わず「うわあああ」って言っちゃいましたよ。そんで泣きそうになっちゃった。普通そんなタイムリーな感じで突き刺さるセリフくる?

 

真面目な話、今年は勝負の年にしたいですね。職を変えたい。土日にきちんと休みたいです。今の仕事は土曜の休みが隔週なので、結構きつい。あとできれば一人暮らしを始めたいですね。もういい加減ドアの外を気にしながらオナニーしたくないよ。親にも、もうあんまり迷惑かけたくないしね。とにかく心穏やかにゆっくり過ごしたい。やりたくないことはやらないで、楽しく生きていたい。朝、嫌だなあって思いながら起きたくない。もうそろそろ希望の朝というものを迎えてみたいです。もう四半世紀しみったれてんだから。

『ブロンソン』 我が心のタイラー・ダーデンよ。

Netflixに『ブロンソン』が配信されていることを知ったのは、今年の一月末のことでした。僕はトム・ハーディがハリウッド俳優の中でも特に好きで、彼が己の一物を無修正でさらしているというその怪作を前々からぜひ観たいと思っていたので、配信を知ったその日のうちにさっそく観賞したのを覚えています。


ブロンソン』は、かのニコラス・ウィンディング・レフン監督の作品であります。暴力事件を起こして捕まり、刑務所内でも暴力をふるって刑期を延長されまくり、挙句の果てには「もう手に負えない」と釈放され、釈放されても再逮捕されまた刑務所に逆戻りという漫画みたいな経歴を持った、「英国でもっとも悪名高い囚人」と呼ばれている実在であり存命の人物、マイケル・ゴードン・ピーターソンa.k.a.チャールズ・ブロンソンが主人公です。いわゆる実録犯罪ものであり、アカデミー賞にもノミネートされレフン監督の名を世に知らしめた『ドライブ』や、難解な内容と凄惨な暴力描写で賛否両論を巻き起こした『オンリー・ゴッド』などよりも以前に制作されました。僕は知的レベルが小4からまったく成長していないタイプのアダルトチルドレンなので、どうにもレフン監督の小難しく抽象的な描写が多い作風には馴染めず、『ブロンソン』が同監督の作品だと知った時には、内容についていけるかという恐怖を抱きました。なんかよく分からんビームを撃ったり、ド派手に爆発したり、かっこいいメカがガッシャンガッシャン動いたりしてはじめて面白いと感じる僕のような人間には、レフン監督のポエジーな感覚は、いささかハイレベルすぎるのです。案の定今作も、全編に渡り主人公のチャールズがどこかの劇場の舞台に立ちスクリーンの向こう側にいる観客に向かって独白するという、メタっぽい感じで進行していきます。この構成に加え、クラシックやテクノが入り乱れる劇伴、なんとも言えない間の取り方、そしてなによりトム・ハーディの怪演によって尖りに尖りまくった今作は、もはやただの実録犯罪映画という枠には収まらない作品になりました。ですがそれはとても幸せなことに、僕の心にガッチリと噛みあってくれたのです。


チャールズは、一言で言えば「愚か者」です。彼はとにかく有名になりたかった。しかし歌や演技の才能がなかった。そのため暴力や犯罪行為に走ります。行き当たりばったりで破滅的な暴力を警察に捕まるまで、そして捕まっても繰り返すのです。しかし、芸事の才能がないから人を殴るなんてのはそもそもバカな話で、才能がないなら努力をすればいいだけです。芸事をしている全ての人がそうしている。しかし彼はそれをしない。おそらく、才能がないなんてのは言い訳なのでしょう。というかおそらくまともに歌や芝居を志したことないですよ。とにかく人を殴りたくてしょうがない。だから殴る。まどろっこしい努力なんてしなくても、闘争心と両腕の握りこぶしさえあれば、「暴力」という最高の自己表現ができる。言ってみれば、彼には暴力の才能があったのです。何のためらいもなく人を殴りつけられる心を持てるという才能が。その才能をフル回転させて、暴れまくるのです。それはもう本当に「大暴れ」という言葉がぴったりと当てはまるほど、暴れに暴れまくります。この作品、一時間半ほどしかないのですが、そのうちの半分くらいはチャールズによる何かしらの暴力行為がおこなわれているのではないかという印象すら抱くほど、とにかく暴れるのです。そして意味がない。作中において繰り返し振るわれる暴力に、なんの意味も理由もないのです。


象徴的なシーンがあります。作品中盤、「手に負えない」と釈放されてから僅か69日で強盗を働き再び逮捕され(この間に地下ボクシングでのリングネームとしてチャールズ・ブロンソンを名乗るようになります)刑務所に収監されたチャールズは、自分の独房へ本を持ってきた司書を人質に取り立てこもります。その後の刑務官たちの反応を見るにどうやら立てこもりは常習化しているようで、刑務所長が落ち着いた雰囲気で内線電話をかけると、チャールズはこれに対し「要求を呑まなければ人質を殺す」と脅迫します。しかし、所長が素直に要求の内容を聞いてくると、なんとマイケルはこれは予想外だといった風に沈黙し、挙句の果てには「何をしてくれる?」と聞き返すのです。なんと恐ろしい男なのか。つまり、要求などなにもないのです。もちろん司書を殺すつもりも毛頭ないのでしょう。事実、司書に対しては恫喝するくらいでろくに危害を加えず、あまつさえ制圧しにくる刑務官たちを迎え撃つ直前に「危険だからじっとしていろ」と声をかけるほどです。とにかく問題を起こして、なんらかの暴力を振るいたかった。絶対に勝てないと分かっていても。最終的には自分が手酷く打ちのめされ、負けると分かっていても。また、クライマックスでは、チャールズの絵画の才能を高く評価する刑務所内の美術教師を人質に取って、刑務所の美術室に立てこもりをおこないます。そう、また例のごとく、なんの内容もない、ただ乱闘を起こすためだけの立てこもりです。今度は前回のあまりの無計画っぷりを反省したのか、美術教師を柱に縛り付けて顔にペイントを施しリンゴを咥えさせ帽子を被せてじっと見つめてニンマリとするという、なんとなく意味ありげな行動をとりますが、しかし数秒眺めた後はあっさりと解放し、嬉々とした様子で制圧しにくる刑務官たちに殴りかかるのです。


あまりにも無意味で無計画で無節操な暴力を振り回し続けるチャールズは、しかしなんというか、僕にはとても眩しく映ってしまいます。社会秩序や国家権力に己の身一つで噛みつく彼の姿は、たとえ常に最後は叩き潰されてしまうとしても胸のすく思いがしますし、特に僕は力で抑圧されてきて、しかもその抑圧を甘んじて受け入れてきてしまった人間なので、やっぱりその筋金入りの反骨心には憧れる。


チャールズのセリフで特に好きな言葉があります。先述の立てこもりの際、満足して刑務官たちに美術教師を連れていくよう告げたチャールズは、向かってくる刑務官たちを待ちかまえながら傍らの美術教師に向かって一言「俺は屈しない」とささやくように言うのです。この一言は、映画だけでなく、今まで触れてきた創作物の中でもトップクラスで好きなセリフです。本当にさりげなく発せられる一言なんですが、ありとあらゆるものに屈して生きてきた僕にとってはこれ以上ないくらいに突き刺さる言葉なんですよ。生涯にわたってあらゆるものに歯向かい、戦い続けてきた男の口からは、こんな言葉が息をするように飛び出てくるのかと、心の底から感動したのです。


僕は小中学校でいじめを受けていまして、それだけならまだ良かったのですが、家庭内では父から言葉と体でガッツンガッツンとやられていました。学校ではひたすらバカにされたりどつかれたり無視されたり物を隠されたりして、家に帰ると父から知恵遅れだのゴミだの言われボコボコにされ、冬にはベランダに締め出されたり真夜中に叩き起こされて朝まで正座させられたりしていて、まあとにかく逃げ場がなかった。いじめられっ子は休日になるとようやくホッとできる、なんて話を聞きますが、僕の場合は父と接する時間が増えるということなので、地獄以外のなにものでもなかった。学校も地獄でしたが。ともかく、そういった少年時代を過ごしてきたからなのか、強者に屈さずに戦い続ける存在に憧れるようになったわけです。『ブロンソン』のチャールズはそんな僕の目に、まさに「こうありたかった存在」のように映ったのです。彼のレベルまでいくのはやり過ぎだとしても、その反骨心の1/10でもあれば、もっと健やかな気持ちで生きていけるのではないかなと思ったのです。


もっと勇気があれば、と思うことがたくさんありました。こいつらに歯向かう勇気があればと。一発でいいから殴り返せればと何度思ったことか。怒りや闘争心に身を委ねて、なにもかも分からなくなるまで暴れまくりたいと何度思ったことか。自分を抑圧する奴らに反抗したいと何度も何度も思いました。でもできませんでした。根性がなかったんです。物心ついたときから殴られ怒鳴られることが当たり前だったんです。太ってることをバカにされても、構音障害で上手くできなかった「し」や「ち」の発音をふざけて真似されたりしても、何も言えませんでした。歳を取って社会に出ても、理不尽や悪意に立ち向かう気概が備わることはありませんでした。こうしてできない理由を重ねているような体たらくですから当たり前ですがね。そんな僕に「俺は屈しない」の一言がどれだけ響いたことか。気に食わないからぶん殴る。従いたくないから歯向かう。ただそれだけを人生をかけて実行することのなんとかっこいいことか。自分に正直に生きてるんですよね。何度も何度も死ぬほどボコボコにされても、絶対に屈しないんですよ。心が折れない。殴りたいから殴るという自分の心に素直に従って生きている。彼が犯罪者だからおかしく見えるだけで、これをいくらかマイルドにすれば、自己啓発本とかに書かれているような生き方みたいになるんじゃないですか。誰もが理想とするような生き方になるんじゃないですか。


とにかく、僕は一発でこの映画とチャールズ・ブロンソンのファンになってしまった。魅せられてしまったのです。僕は『ファイト・クラブ』のタイラー・ダーデンが「憧れの存在」というものの象徴みたいになってしまっているので、観賞後思わずツイートしてしまったほどです。

これね。


これは非常に個人的な考えなのですが、人は誰でも憧れの存在、つまり心のタイラー・ダーデンを持っていると思うのです。僕には『ブロンソン』の主人公がそれに該当します。どんな相手であっても、気に食わないからぶん殴るのスタンスを崩さない。とにかく沸き起こる闘争心に身を委ねて暴れまくる。やりたいようにやって、どれほど痛めつけられても絶対に屈しない。それが僕の心のタイラー・ダーデンマイケル・ゴードン・ピーターソンa.k.a.チャールズ・ブロンソン。かっこいい。シビれる。最高。もっとやれ。こんな風に生きていくことはできないけど(犯罪者だしね)、こんな風に生きていきたいという気持ちは大事にしたい。キミにはそんな気持ちにさせてくれる存在はいるか?キミの心にはタイラー・ダーデンがいるか?もしいなければ、キミも心にタイラー・ダーデンを持ちたまえ。楽しいぞ。そして気に食わない奴をぶん殴れ!暴れまくれ!止まるな、ためらうな!自分だけの帝国を築け!包茎でも恥ずかしがらずにフルチンになれ!包茎でも堂々としていろ!そして無意味に人質を取って立てこもれ!たとえ負けても、制圧されても、心だけは決して折れるな!諦めるな!抑圧者どもめ、覚悟しろ!僕はとことんまでやるぞ!おい!やってやるぞお前!かかって来いクズめ!!僕は屈しないぞ!!!

25歳になったのですが。

だんだんと涼しくなってきてはいるものの、未だ夏の最後っ屁のような暑さが飛び込んできたりもする今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。どうも僕です。


私事ではありますが今月の11日に誕生日を迎え、25歳となりました。四捨五入すればとうとう大台の30歳、アラサーと呼んでも差し支えないお年頃です。これはちょっと本当に青天の霹靂という感じで、グダグダと寝て起きて、飯を食みクソを出し、ゲームをピコピコしてオナニーして、2年と5ヶ月いやいや仕事をしていたら、25回目の誕生日を迎えていたという感覚。子供の頃は25歳と言ったら、洗練されて颯爽と肩で風を切るイカしたヤング・ガイというイメージがあったのに、鏡に映るはだらしない猫背に無精ひげを生やし、目の下に黒々としたクマの浮かんだなんとも覇気のない醜男です。どうしてこんなことになるまで放っておいたんだ!と叫びたくなりました。しかし、こんなになるまで放っておいたのは、他ならぬ僕自身なんですよね。年を重ねるだけでは人は大人にはなりません。時間経過で自動的に大人になれたら楽なんですけど、実際には様々な経験と、努力と、意識が必要なんですね。僕は子供のまま大人になってしまった。もう取り返しはつきません。


先日、僕の大学時代の知人が結婚をしました。25歳での結婚なんて今時別に早くもないし珍しくもないですが、僕はちょっと衝撃を受けました。身の回りの自分と同じだと思っていた若者が、結婚という大人の階段を駆け上がってしまったのです。またその結婚情報につられてなのか、すでにプロポーズを済ませたという人や、すでに名字が変わっている人、結婚を前提に同棲に入った人などがいるという知らせがドカドカと舞い込んできました。もちろんそういった色恋の話だけではなくて、どこそこの店長になっただとか、転職してホワイト企業でよろしくやってるとか、なんかよくわかんないけど営業売り上げ全国3位になって本社勤務になったとか、仕事の方面でも大人っぽい話を聞きます。もう僕は恐ろしい。世界の進む速度についていけていない。みんな何をやっているんだ。人生は徒競走じゃないんだぞ。そんなにみんな揃ってダッシュしなくてもいいじゃないか。卒業してまだ3年も経っていないのに、きちんと大人をやっている人がたくさんいる。まあもちろんそうでない人だっているんですけど、だからこそ、やれている人とやれていない人の対比がくっきりと浮かび上がってきたような感じになり、なんとも恐ろしい気持ちになりました。


翻って僕です。その知人の結婚報告を受けたときは、暇だったので自室で金玉を弄くり回していました。手遊びのときのちょうどいい相手になるんですよ。それに、金玉に生えた毛って、毛根の部分がぷっくりとふくらんでいて、なんとも珍妙な形をしているんですよね。可愛げのあるキモさというか。その時も金玉を揉んだり引っ張ったりして時間を無為に過ごして、凶悪な知らせに対する心構えなど全くできていなかったのです。いやさ、ありとあらゆる今生の全てに対して、現在進行形でなんの心構えもできていないのです。真っ当な成人男性なら、少しばかりの驚きと祝福の心でもって受け止められる知らせを、僕は受け止めきれなかったのです。未熟な男なのです。未熟な25歳児なのです。


そういえば、僕は25年間生きてきてなにも成し遂げてい無いような気がする。別に大それたことじゃなくて、部活を頑張ったとかバイトを頑張ったとか、何らかのことを頑張って賞をとったりして実績を残したとか、実績がなくとも積み重ねてきた経験があるとか、そういったことが一切ないと思う。少なくとも個人的には記憶にない。学生の時分特有の、有り余る時間と若さでもって得体の知れない愚行をしたりという経験もない。1日10数時間机にかじりついて勉強しまくったことだってない。なんにもない、なんにもない、まったくなんにもない。もちろん、星がひとつ暗い宇宙に生まれることだってない。


本当に、ボンヤリ揺蕩うように生きていたら四半世紀経ってしまっていた。そんな感じです。でもこういう人って意外と多いのかな。自分なりに普通にやってきたつもりが気が付くと周りから10馬身くらい離されていて、しかも自分は世間から見ると間抜けな未熟者であり、自分にとっての「普通」と世間にとっての「普通」の想像以上の乖離に打ちのめされる。みたいな。就職して、ヘロヘロになりながらもなんとかあぶく銭を稼ぎ、ようやく女性とも変に緊張せずに話せるようになり、ようやく普通の、平均的な人間になれたと思っていたのですが。普通の平均的な人間は25歳にもなったら、恋人を作って結婚を前提とした生活を始めるフェイズに入っていてもなんらおかしくないわけですよね。いや、別に入っていなくてもそれはそれでおかしくはないんですが、少なくとも、夜中に金玉を弄って暇を潰しているような生活はおかしいでしょう。早く寝ろよ。


多分来年の誕生日もこんな感じなんだろうし、5年後も10年後も、25年後もそうなんでしょうね。僕はいつまで生きているのかな。なにかひとつは成し遂げたと思えるようなことをしたいですね。自分で自分を褒めてやりたくなるようなことを。自分を認めてあげられないのは辛いものですよ。結局、そうやって自分を誇らしく思えるような経験を積めていないことが諸悪の根源なのかも知れないですね。自己肯定感を育めなかったことが。自己肯定感。この期に及んでまだその言葉が僕を苦しめるのか。ふざけるな。結局成功体験をしなきゃならねえのか。童貞捨てた時だってそうだよ。金払って買ったセックスという行為だけでは、本当の意味での自信なんかつかなかった。自力で女性と信頼関係を築いてそういう行為まで持ち込めなけりゃ、本当にセックスしてやったぜ、という気持ちにはなれないんだ。頑張るしかないのか。なにを頑張るのか見当もつかないけど。もういい加減、顔見知りの結婚報告でうろたえるようなしょっぱい根性にはケリをつけたいんだよ。



とりあえず、アナルの開発を頑張るか。途中で諦めちまったしな。

総括しろ!!

なんだかんだで大晦日。もうすぐ2016年も終わりですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。僕は例年通りなんの予定もありません。ゲームして映画観てオナニーして寝るだけです。死ぬまでそうです。何も振り返るべき出来事がない。新年に向けての目標も、やりたいこともない。新年をともに祝う友人もいない。恋人もいない。年越しの瞬間にジャンプして今地球上にいなかったってやつをやって、ゆく年くる年を見て寝るだけです。初詣もしない。どこにも行かない。なにも買わない。誰にも会わない。不毛。不毛。不毛。そして仕事。仕事。仕事。辛さ。痛み。悲しみ。絶望。虚無。死。

 

頭おかしいんじゃないのか。何が新年だよ。みんな死んでくれ。

 

 

 

 

 

今年は僕の生活に変化のあった年でした。仕事では、地獄の穴掘り土方生活から、華のオフィスワーカーに異動になりました。まあ異動先も地獄でしたけどね。二年目なのに異常に増えた責任。増していく仕事量。残業。何回会社の戸締りをしたことか。誰も助けてくれない。見向きもしてくれない。みんな口を揃えて言います。「仕事が忙しいから」「手伝える余裕がない」。ですが僕の「忙しい」「余裕がない」は誰も聞き入れてくれない。みんなは忙しいから僕に仕事を押しつける。僕は忙しくても押しつける相手がいない。異動してひと月ほど経ってから、ようやくこの鈍い頭でも理解できるようになりました。僕は貧乏くじを引かされたんです。余計な仕事や面倒くさい仕事を押しつける、スケープゴートですね。犠牲になってくれる人柱です。ふざけるな。イカれてんのか。僕は案件のゴミ捨て場じゃねえぞ。Fラン私文卒は使い捨てか。そりゃそうか。そうだよな。おもしれえな。笑えるよ。笑える。

 

今年の変化と言えばもう一つ、とうとう童貞を卒業しました。吉原のソープランドです。めちゃくちゃ緊張しましたよ。ちゃんと勃起するかなとか、イケるかなとか、ハズレ引いたらやだなとか。まあ結構お高いところだったので、嬢はかなりレベルの高い子でしたね。はい。筋肉質な体で非常によかったです。バッキバキに勃起しました。二回イケました。生きてるうちに女性のアナルを舐めることができたのは、とてもよかったなあ。泣きそうになりましたよ。というかゆるゆると服を脱がされているあたりですでに泣きそうでした。本当によかった。あとファーストキスも奪われましたね。学生時代に済ませていない時点でもうなんの価値もないもんですので、粛々とさせていただきました。ちなみになんの味もしませんでした。まあ味したらまずいでしょ。ちゃんと歯を磨いてよ。

 

一応童貞を喪失しましたが、それでなにか精神的に変われたかというと、なにも変わってはいないんですよね。電話をかけて、予約をして、金を持って、時間通りに店に行く。それでセックスできるんですよね。女性と仲良くなって信頼関係を築いて、自分の肉体を受け入れてくれる関係を、自分の力で作り上げてのセックスとは、根底から違う。ハワイとかに旅行に行って、射撃場に行って金を払えば銃が撃てるじゃないですか。あれと同じですよ。ただ撃っただけじゃん、みたいな。セックスしただけ。ただセックスという行為を経験しただけ。セックスできる信頼関係を作り上げる能力はない。そんなんでなにか変わるわけないでしょ。気持ちよかったし、楽しかったし、行ってよかったとは思うけど、それだけだよ。北方謙三の嘘つき。

 

皆さんは今年一年を振り返っていかがでしたか?満足のいく一年を過ごせましたか?皆さんには、きちんと目標を立て、頑張りすぎない程度に頑張って、よく寝て、周りの人を大切にして日々を過ごしていただきたい。僕の人生はどう頑張っても好転しないので、せめて皆さんの人生に幸多からん事を願って、結びのあいさつとさせていただきます。今年一年ありがとうございました。

 

 

 

 

 

ということで、2016年映画ベスト10やりましょう。

 

 

 

10.ザ・ブリザード

めちゃくちゃ地味ですよね。まったく話題に挙がらない。評判もあまりよくないらしいのですが、僕は普通に楽しめたなあ。とにかくタンカーに取り残された乗組員たちが熱いんですよね。詳しくは観てほしいんですが、『オデッセイ』といいこの作品といい、『シン・ゴジラ』もそうなんですが、一つの目的のために様々な人たちが一丸となって努力するという描写は本当にシビれるものがありますね。

 

9.アイアムアヒーロー

お恥ずかしながら、僕は邦画のアクションや銃撃戦というものを小馬鹿にしている節がありまして、この作品も、まあZQNの造形ぐらいは頑張ってよね?という非常に舐めた態度で観賞したんですが、その凄まじすぎる人体破壊やカークラッシュに驚愕したのを覚えています。まさか邦画でこんなに景気のいい映画が観られるとは、いい時代になったものです。

 

8.ズートピア

映画史上、これほどまでにウサギを性的に描いた作品があったでしょうか。なんなんだあのケツは。最高だぜ。また、様々な動物が入り乱れた大都市という空想上の存在を緻密な描写で描き切っているあたりも、未知の世界観大好きマンとしては非常にポイント高いです。

 

7.TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ

クドカン作品はあまり観たことがないのですが、とても楽しませてもらいました。主題歌の「TOO YOUNG TO DIE!」がとにかくいい曲なんですよ。映画を観てからきちんと聴いてほしいですね。クドカンは死ぬのが怖くなくなるような映画を撮ろうという気持ちで作ったらしいですが、確かに地獄をこんなに愉快に描かれると、死ぬのも悪くないかななんて思ってしまいますね。タナトフォビアの僕にはとてもありがたい作品です。

 

6.HiGH&LOW THE MOVIE

説明不要のお祭りムービー。Twitterの極々一部でも大変盛り上がりましたね。僕はドラマ版は未視聴のまま観たんですが、冒頭のSWORD地区の各勢力の説明を見た瞬間にやられました。マジでヤバい。かっこよさの煮凝りみたいな映像の洪水。観るアドレナリンという感じ。単純に格闘シーンも出来がいいですしね。とにかく目が楽しい作品です。僕は知能が小二なので、こういう映画が大好きなのです。

 

5.シン・ゴジラ

邦画の底力も見せてもらいました。予告の映像がわりとあんまりな出来で、期待値がかなり下がっていたということもあるんですが、かなり素敵な作品でした。前述のとおり、僕は多くの人々が一つの目標に一丸となって努力する映画が大好きなので、必然的にこの映画も好きになってしまいますね。ゴジラというブランドには特に思い入れはなかった僕ですらこんなに面白かったんだし、そりゃネットなどでのあの盛り上がりも頷けます。個人的には、ビルを浴びせかけてゴジラからテイクダウンをとるシーンがお気に入りです。普通に働く普通の人々の頑張りがゴジラと戦う力になるなんて熱すぎますよ。

 

4.メカニック:ワールドミッション

ステイサムが七色の殺人術で人を殺しまくるという、キモ映画オタクの妄想を具現化したようなハイパーワンダフルムービーです。しかもジェシカ・アルバのケツまで見れる。これ以上何を望みますか?しかも上映時間は驚愕の98分。ちなみに体感では二年間ぐらい観てた気分です。それぐらい濃密。僕は休日の豊洲という暗黒街まで観に行ったんですが、家族連れやアベックに囲まれてもへっちゃらでしたよ。だって僕にはジェイソン・ステイサムがついているんだぜ!?

 

3.エンド・オブ・キングダム

僕は前作の『エンド・オブ・ホワイトハウス』 が大大大好きで、こんなに素敵な映画の続編が公開されるなら観に行かなければとめちゃくちゃ期待しながら観に行ったら、その期待を200mくらい飛び越えてとんでもないウルトラエクセレントバトルアクションを見せつけられてしまい、もうすっかりジェラルド・バトラーの虜になってしまった、というような作品です。景気がいいなんてもんじゃない、法で規制した方がいいのでは?と心配になるほどトべる映像の連発。しかも作品の舞台をロンドン全体に広げても、最終決戦はちゃんと前作に引き続き閉所での息の詰まりそうな銃撃戦で締めてくれるところも、制作者の粋な心遣いが感じられてとてもグッド。とっても「男前」な作品です。

 

2.永い言い訳

主人公が薄っぺらいんですよ、人間的に。思ってもない綺麗ごととか言うんですけど、なんだか僕自身を見ている感じがして、すごく居心地が悪い。でもそんな人間でもきちんと人と関われれば、なにもかも手遅れかもしれないけど、少なくともすでに失ってしまった大切なことにきちんと悲しむことができる。そういう希望を見せてくれる作品ですね。優しいんだよなあ。素敵。

 

1.ミュータント・ニンジャ・タートルズ : 影<シャドウズ>

 今年最高の一本はこれです。今年のアメコミ映画は大作や注目作が連発されましたが、個人的にはあんまりいい作品がなかったなあという印象がありまして、しかしこの作品はそんなモヤモヤとした気分をぶっ飛ばしてくれました。そもそも「人間大で機敏に動く亀」とかいう存在を実写化なんて、面白くならないわけがないんですよね。しかも戦車川下りとか、マンホールの蓋をぶん投げるゴミ収集車とか、いったいなにをキメたらそんな発想をするんだという狂気の沙汰を112分間やり続けられたら、そりゃ面白いに決まってるでしょ。バカか。でも、観ていて笑顔になれる最高のエンターテインメントなんですよ。この映画をバカにすることはいくらでもできるけど、僕はそんな小利口な人間になりたくないんですよ。映画を観てゴキゲンになりたいんですよ。そしてこの作品は、観ると心の底からゴキゲンになれるんですよね。

 

 

 

判定不能 

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

この作品は、ランキングに入れることができません。冷静に順位付けが出来ないのです。賛否両論ある作品でした。というか全体的に否の方が多いと思います。僕だって、正直に言えば不満だらけですよ。もうちょっと戦う理由なんとかならなかったのかとか、常人と超人の戦い描写すんの下手くそすぎだろとか、最後バットマンクリプトナイト弾撃つくらいしか活躍してないだろとか。言いたいことはいっぱいありますよ。というかそこらの奴らよりも僕はずっとこの作品を心待ちにしてたんですよ。納得できないという思いはあります。ですが、バットマンとスーパーマンが実写映画で共演したんですよ。しかもそこにワンダーウーマンまで加わったんですよ。その上フラッシュにアクアマンにサイボーグまで出てきたんですよ。もう泣くしかないでしょ。なんだよこれ。大好き。愛してる。ダメ男を捨てられない女の気持ちが分かりますよ。ふざけるな!BvSはダメなんかじゃねえ!最高の作品だ!僕のオールタイムベストにランクインだ!最高!大好き!万歳!

 

 

 

 

 

来年も死なねえぞ僕は!死ぬかこんなところで!ふざけるな!お前らが死ね!死ね!なんで貧乏くじ引き続けたまま死ななきゃなんねえんだ!Fラン私文卒の底辺会社員が自殺したところで、社会はなにも騒がねえんだ!変わらねえんだ!エリートだけ自殺しろ!僕は死なねえぞ!意地でも死ぬか!300年ぐらい生き抜いてやる!ふざけるな!

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』を二年間待った僕は

 

 

 

 

 

※ネタバレには一切配慮しません。用語の解説もしません。ご了承ください。

 

 

 

 

 

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(以下BvS)の制作が発表されたのは2013年のコミコン、僕は来たるべき就職活動という名の地獄に戦々恐々としている罪なき大学三年生でした。当時隆盛を極めていた(今現在もですが)ライバル会社MARVELのMCUに遅れること5年、DCコミックスも映画でのユニバース構築に乗り出したわけで、それはそれは話題になりましたね。子供の頃にカートゥーンネットワークジャスティスリーグティーン・タイタンズを見て育った僕にとって、とうとうDC作品でも実写映画のクロスオーバーが始まるという知らせは何ものにも代えがたいものでした。率直に言うと嬉しくてほんのちょびっとだけ泣きました。

 

それからの二年間。皆さんには想像できますか?大好きで大好きでしょうがないものを、二年間お預けされる気持ちが。どんなに利口な犬でも、鼻先におやつを乗っけられたまま二年間「待て」は出来ないでしょう。どんなに禁欲的な、それこそ上杉謙信といえども、寸止め手コキを二年間続けられたら「イカせてくれ!」と懇願するでしょう。でも僕は耐えました。耐えきりましたよ。僕には理性がある。犬畜生なんかと一緒にするな。というかなんで上杉謙信が例えで出てくるんだよ、バカか。

 

公開までの二年間は、PS3用ゲームソフト『バットマン アーカム・ビギンズ』のトレーラーのバットマンとデスストロークの格闘戦や、小出しに解禁されていく予告を何度も何度も繰り返し繰り返し見続けて、気を紛らわせました。紛れるどころか気が狂うかと思ったぞ。『ファークライ3』でバースも同じことを繰り返し続けるのが狂気だって言ってたからな。何回見たと思ってんだ。YouTubeの公式トレーラーの再生数の500回ぐらいは確実に僕が稼いだぞ。

 

いやまあ制作発表以降も素晴らしい映画はいっぱいあったので、実のところそんなに辛くはなかったんですがね。特にMCUはフェーズ2に移行、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『アントマン』などなど名作を連発。さらに今作の公開から一ヵ月後には同じくヒーロー同士の戦いを描いた『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』が公開されるわけで、もうこれはBvSの期待値上がりまくり、ファンのジャスティスも誕生しまくり、僕のアルフレッドもペニーワースという感じがありました。

 

とにかく。3月25日、スケジュール通りに無事公開されたわけです。僕は仕事があり公開初日には観に行けなかったので、公開から2日経った3月27日に2Dと3Dで二回観ました。

 

 

二回観たことを踏まえて、結論から言いましょう。この映画はクソです。

 

 

それ以外の評価は下しようがない。それはもう特に僕が言及しなくても数えきれない人々がそう評価しているこの現状を鑑みれば分かることです。ムービーウォッチメンでは宇多丸が的確に問題点を指摘しているし、ロッテントマトはトマトが腐りきっちゃってますからね。もう救いようがないですよ。ツッコミどころを挙げるとキリがない。話のテンポも悪い。ストーリーも支離滅裂。こんなものが出てきてしまったことで、余計DC作品が日本で嘲笑の的になってしまう。ザック・スナイダーはなんでこんな出来のものを自信満々で世に出すことができたのか。理解に苦しむ。いやマジで。僕が又吉イエスだったら、「腹を切って死ぬべきである!」って言っちゃいますよ。二年間待ちに待って楽しみにし続けたんですよ。この二年間、間違いなくBvSが僕の生きる意味の一つだったんですよ。その結果がこれです。あんまりだ。もう駄目だ。誰か助けてくれ…。

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

なにか聞こえる…?

 

 

 

 

 

 

 


WONDER WOMAN Theme / Music | Batman v Superman OST | Hans Zimmer & Junkie XL | HD

 

 

!?

 

こ、これはぁ!!!??

 

 

 

 

 

はい、というわけで客観的に見れば本当にクソ駄作、しかしお預けを食らいまくっていたファンからすれば最高のごちそうという非常に(良くも悪くも)面白い映画でした。国内外で酷評の嵐ですが、全く異論はありません。酷評されてしかるべき出来です。しかし、しかしね。そんなの全然関係ないですよ。僕が何年待ったと思ってるんですか?二年なんかじゃおさまらないですよ。MCUの一作目、『アイアンマン』公開の2008年から、八年間ですよ。ずっとだぞ。DCもこうやってクロスオーバーしてくれるに違いない。ジャスティスリーグをやってくれるに違いない。そうやって八年間待ったんだ。デラーズ・フリートだって三年間だからな。僕はそれより五年も長いんだぞ。早漏野郎め。もう少し我慢してみやがれってんだ。根性なしども。

 

話がそれました。とにかく、僕は待ち続けたんです。いくらボロクソ言われても気になりませんよ。ようやくバッツとスープスが一緒にいるとこを実写で見れたんだもん。何を言われても平気。問題点はいくらでもありますが、ここでは一切言及しません。問題点だらけだし、みんながしこたま指摘してるだろうから。だから僕はとことんこの作品を擁護するスタンスですよ。あぁ?宇多丸に酷評された?ロッテントマトが腐ったトマト?

 

 

うるせえ!!ベン・アフレックのケツアゴを食らえ!!!

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ザックの野郎がどんだけやらかしても、バッツとスープスの殴り合いを見せてくれた上に、ビッグ3揃い踏みまで見せてくれたんだ。無理筋だろうと擁護してやる。ザック・スナイダー最高!僕をレイプしてくれ!僕のアナルをオナホにするべきだ!

 

 

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最高!!生きてるうちにこの画が観れるなんて!!劇場で涙目になっちゃったぞ馬鹿野郎!!!

 

 

あとなあ、バットマンが人殺ししてるって、ジミー・オルセンが登場三分経たずにぶっ殺される世界でなに言ってんだ!もうDCEU世界は、マルチバースに内包される一つの宇宙として考えた方が自然だと思いますよ。パラレルワールド的なものと考えれば分かりやすいと思います。だってどう考えても広く大衆に普及してるキャラのイメージに則ってないですから。ルーサーがADHDくさい天才肌のお兄ちゃんってめちゃくちゃ不自然ですからね。あんなんじゃ合衆国大統領になれないよ。MCUは一般的なイメージ通りに正統派な実写化をしているようですが、DCEUはゴイヤーとザック・スナイダーが好き勝手にいじくり回す気満々ですよ。まっとうに実写化するつもりはなさそう。そもそも「DCエクステンディッドユニバース」ですからね。「エクステンド」とは拡張、延長という意味。「シネマティック」ではないんですよ。だからバッツが人殺しまくっててもいいの!スープスがなんか根暗っぽくてもいいの!

 

あとこれ、マジで言いたいんですけどね、バッツとスープスが母親の名前が一緒ってだけで仲直りするってやつ。本当にただ名前が一緒ってだけで意気投合してるわけじゃないですよ!

 

バッツがマーサ救出に向かう旨をスープスに伝えた後、とあるセリフを言います、字幕では「マーサは死なせない」となってますが、あれ実際は最後に「tonight」って言ってるんですよ。字幕では訳されてませんが。だから正確にはあのセリフは「今夜はマーサを死なせない」になるんです。劇中でブルースはマーサの墓参りで怪物に襲われる悪夢を見ますよね。彼には目の前で母を救えなかった後悔とトラウマがあるわけです。ずっとその心の傷に苛まれてきた。そうやって身も心もボロボロになって戦い続ける彼に舞い込んだ、取り戻せない過去を取り戻すチャンスが「マーサ」を救うことなんですよ。あの和解はただ母親の名前が一緒で奇遇だね!みたいなノリじゃないんです。その後のあの大立ち回りも、言ってみればブルース・ウェインが過去に対してけじめをつける戦いであり、バットマンが犯罪者を打ち倒すクライムファイターから人々を救うヒーローへと生まれ変わる戦いなんです。ただの賑やかしじゃないんですよ。僕はそれに気付いたとき本当に感動したましたよ。そういうことを踏まえてみると、あの和解とその後の戦闘シーンが、めちゃくちゃ熱く感じられてきませんか。

 

あと全然関係ないけど、おい!作品中盤でブルースが悪夢を見た後にフラッシュが警告に現れるシーンを『フラッシュポイント』だって言う奴ら!お前ら『フラッシュポイント』読んだことねえだろ!!あの作品はねじ曲がった世界を修正するってのがテーマであって、過去改変なんてしてねえよ!ちょっとフラッシュが次元を超えただけですぐフラッシュポイントか!お前らそれぐらいしか知らねえんだろ!まあ僕もそんなに詳しくないけど!とりあえず「THE NEW 52!」としては『フラッシュ:新たなる挑戦』に続いての邦訳、『フラッシュ:ローグズの逆襲』が先月発売されたから、みんな買ってくれよな!

 

フラッシュ:ローグズの逆襲(THE NEW 52!) (ShoPro Books THE NEW52!)

フラッシュ:ローグズの逆襲(THE NEW 52!) (ShoPro Books THE NEW52!)

 

 

 少し熱くなりました。とにかく、僕はこの作品が大好きなわけですよ。丁寧に誠意ある映画作りをして着実にアメコミ映画の地位を確立してきたMCUに対して、個々の監督の作家性をむきだしにして噛みついていくぞという気迫が、DCEUからは感じられます。とりあえずその試みは今作においては大失敗したようですが、それでも僕には頼もしく見えますね。もうどうせちゃんと真面目に作ってもMARVELには勝てないんだから、好き勝手に大暴れしてくれよな。こんな風にかましていってくれるなら、僕はこれから先どんなに興行的失敗を重ねてもついていくぞ。よろしくな。

 

さて、BvSに続くDCEU第三作は『スーサイド・スクワッド』です。監督はデヴィッド・エアーです。さらにマーゴット・ロビーが素晴らしきプリケツをさらします。もうどう考えても最高の未来しか見えませんね。皆さんは不安かもしれませんがね、僕はBvS公開時ぐらいから一種のトランス状態みたいなもんなので、もうDC映画は全部最高のサムシングを感じてます。もうダメ。幸せ。しかも日本公開は9月10日、僕の誕生日前日です。多分デヴィッド・エアーは僕にホの字ですね。まいったなあ。キスぐらいならしてあげる♡

 

長くなりましたが、これから続いていくアメコミ映画ラッシュ、本当に素晴らしいし、いい時代に生まれたものだとしみじみと感じています。本当に幸せ。なんだかんだMARVELも好きですしね。皆さんも映画だけじゃなくて、ぜひコミックを買って読んでみてください。日本のヒーローものとはまた違ったかっこよさがありますよ。それと、BvSはこんな出来でしたが、DCにももちろん面白いコミックはいっぱいあります。DC派とかMARVEL派とか言わずに色々探してみてください。みんなで一緒に、エンジョイしようぜ。

 

それでは、また。