人生にハリがない

隣のおじさんの奇行にも負けず『フォックスキャッチャー』を観た

※ネタバレがあります

 

最近最寄りの映画館がチケット購入時に割引クーポン券をくれる。毎回くれる。クーポン券を使っててもくれる。在庫を捌きたいんでしょうか、おかげで手元に五枚くらいあります。クーポンを減らすために行くのに、プラマイゼロでまったく減らない。だから特に観る気のない映画でも観てしまう。これが狙いなのでしょうか。とにかくそういうわけで、あまり興味のなかった『フォックスキャッチャー』を、なんとなく観たのです。そもそもこういうサスペンスというか、人間の心の闇!みたいな映画は性に合わないと思っていました。火薬のドンパチとか、激しい肉弾戦とか、スプラッタとか、そういうものが好みだったので、この手の映画は刺さらんだろうなあと。予告編もそんなに面白くなさそうだったし…。

 

まったくなんの期待もせず席に着くと、隣に落ち着いた雰囲気のおじさんがいました。僕は上映中、小さな物音などでも敏感に反応するたちで、また、自分の衣擦れの音なども他の人の迷惑になってないだろうかと不安になるチキンハートなので、このおじさんにも迷惑をかけないか心配でした。特に期待していない映画を、あまりよくない種類の緊張感でもって観るという、なんとも言えない微妙な状態だったのです。千数百円払ってこんな思いをしなきゃいけないとは、などとさえ思っていました。

 

あらすじは、レスリング金メダリストのマーク・シュルツが大財閥デュポン社の御曹司であるジョン・デュポンから自ら率いるレスリングチーム「フォックスキャッチャー」に誘われ、その申し出を受けるところから始まります。それからいろいろすったもんだあり、殺人が起こる、と。身も蓋もないですが、まとめるとほんとにこんな感じなので、ご了承ください。

 

実際の殺人事件が元になってるとか、スティーヴ・カレルの怪演がすごいだとか色々と話題はありますが、個人的にはチャニング・テイタム出てる、という印象しかなかったです。マーク・ラファロも『アベンジャーズ』以外で印象がなかったので。まあ、これは単に、僕が映画をあまり見ていないだけなんですが。とにかく、かなり印象が薄かった。果たして僕はこれを楽しめるのかと。で、結論から言うと、ボロ泣きしました。めちゃくちゃよかった。この手の映画にこんなにハマるとは思いませんでした。

 

とにかく、スティーヴ・カレル演じるジョン・デュポンとチャニング・テイタム演じるマーク・シュルツ、この二人が実にいい。ジョンは母から認めてもらいたいと願い続け、叶わない。マークは兄弟でメダルを獲ったのに兄ばかり充実した生活を送っていることに不満を感じ、ふてくされている。どちらも、実際には十分なステータスを手にしているはずなのに、満たされていない。常に生活の中に虚しさが居座ってるんですね。また、二人とも精神的に非常に幼稚です。ジョンは金で何もかもを思い通りにしてきた人生ですから、非常にわがまま。購入した装甲車(そもそもなぜ装甲車なんか買うんだ?)に機関銃が付いていないと言って業者がサインを求めた書類を叩き落とすという、いい年こいた大人とは思えないような振る舞いをします。一方マークは言いたいことがあってもはっきりと口に出さず、不満げな顔して押し黙ってるわけです。そして一人になると自傷行為に走ったり、兄デイヴとの練習では怒りに任せて頭突きをかまして流血させたり、メンヘラくさい部分がある。作品中盤で二人は共依存のような関係になりますが、この二人なら納得という感じ。

 

 僕にはこの二人が、なんだか他人には思えないわけです。もちろん僕はしがない大学生で、社会的地位を鑑みればこの二人にシンパシーを感じる部分はないのですが、こういうどうしようもない不足感や精神的未熟さが、まるで未来の僕を見てる様なんですよね。誰かに認めてもらいたくて、嫌なことがあったら癇癪を起こしたり、逆に押し黙ったり。親にやってきたことを褒められたり、気の置けない友達がいたり、そういう当たり前の経験が無いがためにこんなことをしてしまうんですよ。そんな二人が痛々しすぎて、そして自分を見てるようでつらすぎて、気づけば夢中でスクリーンに食い入っていました。

 

すると気づくわけです。なんか隣で動いてるぞと。ちらと見ると、先ほどのおじさんが靴を脱いであぐらをかいて、上半身を前後左右に揺らしているわけです。しかもなかなか過激に。デンプシーロールでもしてるのかな?と思ったくらいです。幸いというか奇跡的にというか、隣に座っている僕には何の実害もなかったのですが、視界の左端でゆらゆらと揺れる成人男性の人影というのは神経質な僕にはなかなかのインパクトで、少なからず心が千々に乱れました。多動症かまして周りに迷惑かけないか心配でしたが、まさか隣のおじさんが多動症だったとは…。

 

しかし名作というのは、たとえ隣に奇行デンプシーおじさんがいようとも、十分に鑑賞に集中させてくれるものです。そうこうしているうちにポスターにも登場している、マーク・ラファロ演じるマークの兄で(ややこしい!)同じく金メダリストのデイヴ・シュルツがストーリに絡んできます。精神的に未熟で、常に他者の承認を求めている二人にとって、このデイヴという男は非常に曲者です。なぜならこいつは、幸せな家庭、豊富な人望、健全な精神という、二人が持っていない、欲しくて欲しくてたまらないものをすべて持っているからです。共依存といういびつながらも良好な二人の関係は、このデイヴの登場と共に崩れていくわけです。ジョンはなんとかしてレスリングという自分が一番好きな分野で母に認めてもらいたい、しかしレスリングを嫌う母はジョンを最後まで認めないまま亡くなります。苛立つジョンはデイヴをチームに引き入れるんですが、兄抜きで結果を出したかったマークはジョンに裏切られたと感じ、彼を拒否するようになります。

 

この後、最悪な精神状態でソウル五輪の予選会に臨んだマークは、案の定初戦を落とします。すると持病の癇を爆発させてホテルの自室で大暴れ、そのままヤケ食いというメンヘラOLみたいな行動に走るのですが、そこにドアのカギをぶち破って駆けつけたデイヴは、マークに張り手を二発!そして抱きしめて言うわけです。「一人でもがくな」と。このセリフを聞いた瞬間、お恥ずかしながら涙腺が限界を迎えました。圧倒的な父性ですよ。頭突きで鼻っ柱を折られても、どんなに無視されても、負けてふてくされて馬鹿なことをしてても、弟を決して見捨てないわけです。これは兄弟愛というより、父性愛ですね。僕はマークが羨ましい。デイヴの、というかマーク・ラファロの息子になりたい。これが無償の愛ですよ。とにかく泣ける。兄デイヴから自立しようとして、しかしジョンに依存して、最終的にそのジョンからも見放されて(と、マークは感じている)、途方に暮れ孤独にもがいている彼を救ったのは結局デイヴだった。羨ましいなあ。マーク、きみはいい兄貴を持ったよ。いいなあ。

 

こうして悲劇的なクライマックスに進んでいくわけですが、これ以上書くともう全部説明しそうになるのでやめときます。

 

ジョン、マーク、デイヴ、三人全員、とても愛おしいキャラクターだった。ジョンは、親の愛に恵まれず、全てを金でどうにかしてきたという異常な環境で育ってしまった、悲しき怪物です。彼をサイコパスだというのは簡単ですが、あの虚ろな目を見るたびに、僕は悲しくなる。彼が欲しかったのは、もっと素朴なものだったんだよなあ。マークは、なんだかんだデイヴが大好きだったんじゃないかな。フォックスキャッチャーに誘われたときも、そこから抜けるときも、デイヴに一緒に行こうと話しているんですよね。寂しがり屋なんですよ。そして、変に自罰的なところがある。そんなに自分を責めるなよ。きみにはナイスな兄貴がいたんだからさ。そしてマークは、素敵な人だよなあ。見捨てないでいてくれる人がいるってことが、どれほど幸せなことか。だからこそラストのマークの表情が胸を締め付けるわけです。

 

いやほんと、まさかこんなに面白い映画だとは夢にも思わなかった。気が早いですが、2015年度最高傑作かもしれません。まあ、僕のクソッタレなメンタリティが作品とガッチリはまった、というのが一番の要因でしょうか。僕自身はめちゃくちゃ楽しめましたが、あまり人にはおすすめできないですね。気持ちのいい余韻を残す作品じゃありませんし。ただ、卑屈で幼稚で友達のいない男がわちゃわちゃやる映画が好きなら、間違いなく観るべきです。あとファザコンにもおすすめ。面白かったっていう人は、僕とお友達になってね。